楽器としての「筑前琵琶のはじまり」は、明治時代の初代 橘旭翁の考案によるものですが、起源として遡ると、桓武天皇の時代に九州筑前の国、円満山四王寺坂本院に橘玄清(天平神護2年(766年)生まれ)という天台宗の僧がいたことに始まります。
橘玄清は、貴種名族の藤橘源平の一つである橘氏一族の出自であり、系譜によれば、嵯峨天皇の皇后である橘嘉智子(檀林皇后)と同族です。この「橘」姓の起こりについては和銅元年(708年)、県犬養三千代に元明天皇から「橘は果物の王なり。その枝は霜雪を恐れずして繁茂し、葉は寒暑を凌ぎて凋まず。しかも光は珠玉と争い色は金銀と交わりて益々美し。故に橘を氏とせよ。」と賜るのが最初となります。
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